第8話 いのちの森を未来へ
 
NPO 時ノ寿の森クラブ 松浦 成夫(静岡県掛川市)

No.1 林業の成立なくても山は大切な宝だ
 
掛川駅から北に15キロ余り、倉真(くらみ)地区にNPO時ノ寿の森クラブの活動拠点があります。冬の澄んだ空から差し込む日差しを浴びながら、長い坂道を上っていくと拠点となる「森の集会所」が見えてきます。自然のいのち豊かなこの山で、鳥のさえずりをBGMに対談が始まりました。
 
藤田 「このあたりもここ数年でずいぶんきれいになりましたね。」
 
松浦 「そうですね。道が整備されて、山も日が差すようになり明るくなりました。ここは僕の生まれ故郷なんですが、1960年代には12戸あった集落も、1975年には全てが山を降り、廃村となりました。」
 
藤田 「松浦家が最後の一軒だったんですよね。」
 
松浦 「はい。倉真川の下流域に移り住んでからも、両親の手伝いで茶畑の手入れに集落跡に通いながら、徐々に荒廃していく集落を見続けていました。人が去ると杉やヒノキのような人工林は徐々に衰え、子どものころ走り回った森や川、夏休みに飛び込んでいた滝壺が無残な姿になっていることに心を痛めました。」
 
藤田 「松浦さんが今の活動を始めるきっかけとなったのは、そうして衰えていく故郷への強い想いでしょうか?」
 
松浦 「それももちろんですが、『ヤマが荒れると国が滅びる』と言う先人の言葉に背筋が凍り、危機感が募ったんです。このまま森が荒れれば、流域ひいては海までも荒れてしまう。何とかしなければという想いをずっと持っていました。」
 
藤田 「なるほど、そんな危機感が活動の背景にあったんですね。」
 
松浦 「はい。今から20年ほど前になりますが、『安心・安全なお米とお茶をつくりたい。』という妻の想いと『源流域の森林保全は、安心安全なまちづくりの原点だ』という僕の想いが相まって、もう一度山に目を向けるようになったんです。そこで妻と仲間数人と、集落跡に残っていた炭窯を補修し、災害などの緊急時に暖房や煮炊きにも使えるよう、炭焼きを始めました。」
 
藤田 「それが『炭焼きルネッサンスの会』の立ち上げですね。炭焼きは、循環型社会の山村の知恵を象徴する代表格ですよね。しかも二酸化炭素の排出を抑制する地球温暖化にも貢献できます。環境保全と防災を重視して、山村の価値にもこだわる…松浦さんらしいやり方です。」
 
松浦 「でも、すぐに直面したのは、個人の炭焼きだけでは里山の荒廃には立ち向かえないという現実です。」
 
藤田 「個人の活動では限界がありますよね。」
 
松浦 「そうなんです。さらには『昔と同じように、子どもたちが口に入れるものも安全に…』と願って始めたお茶とお米の無農薬・有機栽培も虫や病気に侵され生産量はわずか。『はたしてこの先何年かかるんだろう…』と頭をかかえました。」
 
藤田 「僕が初めて参加した活動は炭焼きだったんですが、森を守る活動というと、僕は最初木を植える様子を思い浮かべたんですよね。お恥ずかしい話、森林保全に対する知識がまだまだ足りませんでした。」
 
松浦 「最初は炭焼きと間伐がメインだったんです。本格的に植樹を始めたのは、毎日新聞社の植樹キャンペーンと連携した広葉樹の植樹からですね。多くの一般の方に参加していただきました。」
 
藤田 「それまでの活動を地道に発信し、少しでも多くの方に賛同していただこうと努力されたんですね。」
 
松浦 「はい。諦めずに自分たちの想いを発信していくことで、ひとり、またひとりと「静観者」から「仲間」になってくれたんです。嬉しかったなー。」

藤田 「本当ですね。結成当時のご苦労は、途中から加入した僕なんかじゃ計り知れません…。たくさんの方に支えられて今日があるんですね。」

松浦 「そうですね。休日ごとに『仲間』となったメンバーひとりひとりが、自分たちの技術、機材、そして体力を惜しみなく注いだ結果、少しずつではありますが昔の里山の風景が戻ってきました。」
 
藤田 「松浦さんの強い想いが中心になって、官民一体となることで、森林保全に繋がっているんですね。」
 
松浦 「はい。活動してゆく中で思ったことは、自然は厳しいし、人間が思うほど簡単なものではないということです。半端ではない自然の力を前に『自分達に出来ること』を模索していく中で、真っ先に取り組んだのが間伐でした。森林の役割は木材生産のためだけではありません。生態系や生命を守る大きな働きを持っているんです。」
 
藤田 「僕も間伐のお手伝いに参加しましたが、勾配の急な斜面での慣れない作業は神経も体力も使いました。」
 
松浦 「半世紀かけて荒廃した森林はそう簡単に再生しません。だから気長に楽しく活動するように心がけてきました。手間はかかりますが、それだけやりがいもあります。」
 
藤田 「作業を終えたときの達成感は、日常では味わえないものですよね。さらに山で食べるお弁当の美味しさはひとしおで、いつも大きなおにぎりを3つも持って行くんです。」
 
松浦 「山仕事の醍醐味でしょう?そういったことも含めて、多くの人に知ってもらいたいんです。」
 
藤田 「僕自身、森の魅力や間伐の大切さは松浦さんと出会ってから知りました。間伐や下草刈りなどの活動されている方のお話を世間一般の方にもっともっと知っていただきたいですね。」
 
松浦 「そうですね。僕たちの地道な活動に対して、自然はしっかりと応えてくれています。失われたものは時間をかけて戻していくことが出来るんですよ。」
 
藤田 「とても息の長い活動ですね。」
 
松浦 「確かに時間はかかります。でも50人、100人と賛同者が増え、会員は今年の12月(2017年)で200人になりました。これまで同様にコツコツやっていくことが大切ですね。その一方で、世の中に山の大切さを訴え、発信してゆくこともまた大事だと感じています。活動をテレビや新聞に取り上げて頂くことで、自分たちも励みになりましたし、関心を持って活動に参加してくれる人や、応援してくれる人も増えて活動の輪が広がっています。」
 
藤田 「『いのちの森を未来』を合言葉に、活動のモノサシを、『近者悦べば、遠者来る』として、『地域をより良くしていこう』と時間をかけ取り組んできたことが、カタチになってきているんですね。」
 
松浦 「うーん…少しずつ見えてきたのかな。近くにいる人が喜び、幸せであると、遠くの人もそれを聞いて集まってくる。そのようにするべきだし、その言葉を胸に抱き活動してきましたからね。」
 
No.2へつづく ▲ Interview No.2へ
 
 
 
 
 

No.2 森の資源×デザイン
 
松浦 「藤田さんにクラブの活動に参画してもらったのは、2014年の春からでしたね。」
 
藤田 「そうですね。4年前になります。」
 
松浦 「そのころ、源流部の廃村跡からスタートした『いのちの森を守る森づくり』は、流域を巻き込んだ活動が徐々に発展してきていました。だからより一層、多面的な機能を発揮する森林再生と維持活動のために、『森の集会所(※1)』の落成を新たな出発点として、時ノ寿の森の大事な財産を守り、次の世代に引き継いでいきたいと考えていたんですよ。」
 
藤田 「新たな決意を抱いていたんですね。それだからか、松浦さんと初めてお会いしたときにもの凄い情熱を感じたんですよ。失礼ながらあまりの熱意に『年上には思えないな〜』なんて思いました。僕もつられてアドレナリンが大放出でしたね(笑)。」
 
松浦 「すごいテンポで会話が弾みましたよね(笑)。とても楽しい時間でした。お話していて、なんだか通じるものを感じたからかな?この先、時ノ寿の森の資源の価値を広めていける人に出会った!なんて勝手な妄想をしていました。」
 
藤田 「そうだったんですか。僕は、NPOの活動は初めてなので、単純に『面白そうだな』という気持ちで協力させていただいたんです。当時は山を取り巻く問題についても深く理解していませんでした。」
 
松浦 「それで良かったんですよ。NPOの存在意義は、国や自治体ができない社会的課題を市民の力で解決してゆくことですが、その活動の多くが一般的に知られていません。そこで、活動する人が『楽しみながら社会に良い活動をしている』ということをもっと多くの人に発信していくために藤田さんに参画をお願いしました。NPOの内側からではなく、外側からの視点が必要だったんです。」
 
藤田 「なるほど。NPOの活動も企業活動も課題解決という根っこは同じ。森が持つあらゆる資源にデザインの思考を取り入れて『共感』を伝播していく。これもひとつの課題解決になるのかな…と。それなら僕もデザイナーとしてお役に立てるんじゃないかと思いました。」
 
松浦 「『森の資源×デザイン』ですね。我々にはそういう発想も視点もありませんでした。」
 
藤田 「僕はまず、時ノ寿の森クラブの本質的な価値を仕組みによって、カタチにして伝えていこうと考えたんです。」
 
松浦 「なるほど、『山からまちへの木使いプロジェクト』というネーミングも藤田さんの提案でしたね。」
 
藤田 「はい。参画してすぐのころです。『高齢者を暖かくもてなすCO2固定ベンチ設置事業(※2)』が掛川市の街づくり協働推進事業として採択されました。そのプロジェクトのネーミングです。」
 
松浦 「プロジェクトではその年に、時ノ寿の森クラブでベンチを20基制作し、保健、医療、福祉の中核施設の『希望の丘』に配置しましたね。」
 
藤田 「副理事長の清水さんと、時ノ寿らしい木使いのベンチとは何かを検討し、地域の知識、関係、信頼、文化という見えない資本を集結させる仕組みづくりを『ベンチ』というカタチにして経済を循環させ、地域の課題解決に導くプロジェクトにしたいと考えました。」
 
松浦 「藤田さんが参画したことで、制作形態も新しくてユニークなものが生まれました。高齢の方や障がい者の方が座りやすいベンチにデザインし、誰でも簡単に組み立てられるように大工・建具の職人がキットに加工したんですよね。」
 
藤田 「はい。組み立て作業にはクラブのメンバーはもちろん、障がい者施設の皆さんにも協力してもらったので、障がい者の方が組み立てやすいよう、設計段階から工夫を凝らし、釘を一切使わない方法にしました。」
 
松浦 「僕は、このプロジェクトを社会実験と位置づけたいと思いました。企業など民間資金を活用した行政の協働事業であるけれど、人間であれば働き盛りの樹齢40から50年のスギ材を活用し、多くの人の手を経て完成させる。クラブの様々な職種のメンバーや障がい者の方達が協力し、知恵をしぼり、技を発揮して成果品を創りだす。これはまさに地域の中の個々の技能や力量の結晶なんですよ。循環するシステムによって、やり甲斐が生まれ、アイデアや工夫につながったのではないでしょうか。」
 
藤田 「僕としても、このプロジェクトは協働作業でベンチをつくって終わりにするのではなく、関わる全員が有形無形の利益を受ける循環システムを目指したらどうかと考えていました。今後も時ノ寿の活動の中にシステムとして位置づけて、継続できたらと…。」
 
松浦 「このとき新たな視点が時ノ寿に加わったことを実感しましたね。この循環こそが、共生、共感、協働を生み出し、持続可能の秘訣になると考えています。」
 
藤田 「このシステムを時ノ寿ブランドとして、他の地域にも広げてゆきたいですね。」
 
松浦 「確かにそうしたいですね。自然の恵みやさまざまな人の支え、関わりがあって人は生きられる。そこを謙虚に受け止めて感謝し、自分の役割を果たして行かねばなりません。その感謝の心や共感がなければ、協働はきれいごとでしかありませんからね。」
 
No.3へつづく  ▲ Interview No.3へ
 
 
 

No.3 森のいのちをつなげる石けん
 
藤田 「最近の大きなプロジェクトとしては『森の石けん』がありましたね。」
 
松浦 「環境改善素材の開発・販売を事業にしている会員からの相談が始まりでした。捨ててしまうヒノキの根の部分からオイルを抽出する技術があるので、これを何とか時ノ寿ブランドとして商品化できないかと言われたんです。」
 
藤田 「商品化のために、岐阜の工作メーカーに精油の抽出機の製造の相談に行ったり、化粧品製造会社に話を聞きにいったり…。何を、どういう方法でつくれば、時ノ寿らしい価値をカタチにできるのか?最初はまったくの手探り状態でしたね。」
 
松浦 「はい。そこから長い長い試作の日々が始まりました。そして化粧品製造会社の協力を得て、時ノ寿の森のヒノキの葉と葛の葉で『化粧用石けん』を作ることになりました。最初から原料を集めることは可能でしたから、製造方法を教えてもらってテストを繰り返し、試作品の完成までこぎつけたわけですよね。」
 
藤田 「まとめてしまうと何とも簡単ですが(笑)大変でしたよね。試作品が出来上がったタイミングで、商品のブランド化を通してNPO時ノ寿の森クラブ自体のブランド化も図っていきたいと松浦さんがおっしゃって…。」
 
松浦 「商品のブランディングにとどまらず、時ノ寿の森のブランドを一緒に考えようと、藤田さんと検討を重ねましたよね。」
 
藤田 「ブランディングには、そのブランド独自のストーリーが必要です。時ノ寿ならではの新しい意味や価値をつくり出し、地域社会に広めていきたいという想いから、ネーミングは『Grace of Forest 森の恵み石けん』としました。」
 
松浦 「この石けんは、本来であれば捨ててしまう森のいのちを使用した、一切の香料、着色料、合成界面活性剤無添加の、森にも人にもやさしい化粧石けんです。売り上げの一部はNPO法人時ノ寿の森クラブの森林保全活動費に還元されるので、いのちの森を次世代につなげる活動の一助にもなるというわけです。」
 
藤田 「はい。商品のコンセプトは、森林保全活動を続けてきたNPO法人が、捨てられるはずの森のいのちを使って、手づくりで自然熟成させた、『人につながる森のいのちの石けん』です。しかし、商品をアピールする方法が限られていて、パッケージだけでどうすれば『欲しい』と思ってもらって『買ってもらえる』のかを検討するのにとても時間がかかりました。」
 
松浦 「『どんなメッセージを発信するか』『どんなイメージを受け手に抱いてもらうか』という点にしっかりと時間をかけていただきました。それを踏まえて提案されたパッケージは、真っ黒な箱に有機的なシルバーのロゴが配置された上品で洗練されたデザインでしたが、僕は不思議と腑に落ちたんです。」
 
藤田 「それは嬉しいです。グレイスには、姿、態度の品のよさ、しとやかさ、美しさ、洗練の意味があります。人にも環境にも優しい石けんの特徴から、ロゴマークは、スクリプト書体をベースに背景に曲線を使い、里山にある豊かな生態系と人の有機的な関係を緩やかな曲線で結び、一番伝えたかった『必然性のある偶然』を表現しました。」
 
松浦 「本質的価値を引き出して、それを伝えるための型というのか…、仕組みがあって、カタチができている。そしてそれが発信力にもなる。このとき、『なるほど藤田さんが言うデザインというのはこういうことか』とはっきり気づきました。」
 
藤田 「人や社会や商品がどうあるべきかを思い描いて、それを実現するのがデザインだと思います。だから社会に必要なんじゃないでしょうか?」
 
松浦 「頼もしいですね。藤田さん、デザインの思考を利用してもっと多くの人に『共感』を伝え、地域の活性化にご協力をお願いします。山の再生に終わりはありません、自立と持続化には賛同者が必要です。人の心を動かすのがデザインの考え方、役割だとも僕は思います。」
 
藤田 「『地域のために良いこと』を真ん中にして知恵を出す人がいて、ボランティアで時間を提供する人がいて、サービスやモノを提供する企業がある。目に見えるもの、目に見えないもの、いろんな人がいろんなカタチの資本を出し合ってプロジェクトが実現しているんですね。僕は森にデザインをかけ合せて、共感成型の経済実現のお手伝いを続けて行きます。」
 
松浦 「『森のようちえん(※3)』も始まって、大変好評をいただいています。里山の中で生きる術を学ぶ『時ノ寿学校(※4)』も開校しました。他にもたくさんのプロジェクトが進行しています。」
 
藤田 「2019年には森林と市民を結ぶ全国の集いが掛川市倉真で開催されますし…また、あの熱意溢れる松浦さんを見ることができそうですね。」
 
松浦 「まだまだ僕も若いからね(笑)。4年前みたいに、熱く語り合いますか?」
 
藤田 「お手柔らかにお願いします(笑)。」
 
2017年12月21日 NPO時ノ寿の森クラブ「森の集会所」にて
 
 
 
 

No.1 林業の成立がなくても山は大切な宝だ
 
掛川駅から北に15キロ余り、倉真(くらみ)地区にNPO時ノ寿の森クラブの活動拠点があります。冬の澄んだ空から差し込む日差しを浴びながら、長い坂道を上っていくと拠点となる「森の集会所」が見えてきます。自然のいのち豊かなこの山で、鳥のさえずりをBGMに対談が始まりました。
 
藤田 「このあたりもここ数年でずいぶんきれいになりましたね。」
 
松浦 「そうですね。道が整備されて、山も日が差すようになり明るくなりました。ここは僕の生まれ故郷なんですが、1960年代には12戸あった集落も、1975年には全てが山を降り、廃村となりました。」
 
藤田 「松浦家が最後の一軒だったんですよね。」
 
松浦 「はい。倉真川の下流域に移り住んでからも、両親の手伝いで茶畑の手入れに集落跡に通いながら、徐々に荒廃していく集落を見続けていました。人が去ると杉やヒノキのような人工林は徐々に衰え、子どものころ走り回った森や川、夏休みに飛び込んでいた滝壺が無残な姿になっていることに心を痛めました。」
 
藤田 「松浦さんが今の活動を始めるきっかけとなったのは、そうして衰えていく故郷への強い想いでしょうか?」
 
松浦 「それももちろんですが、『ヤマが荒れると国が滅びる』と言う先人の言葉に背筋が凍り、危機感が募ったんです。このまま森が荒れれば、流域ひいては海までも荒れてしまう。何とかしなければという想いをずっと持っていました。」
 
藤田 「なるほど、そんな危機感が活動の背景にあったんですね。」
 
松浦 「はい。今から20年ほど前になりますが、『安心・安全なお米とお茶をつくりたい。』という妻の想いと『源流域の森林保全は、安心安全なまちづくりの原点だ』という僕の想いが相まって、もう一度山に目を向けるようになったんです。そこで妻と仲間数人と、集落跡に残っていた炭窯を補修し、災害などの緊急時に暖房や煮炊きにも使えるよう、炭焼きを始めました。」
 
藤田 「それが『炭焼きルネッサンスの会』の立ち上げですね。炭焼きは、循環型社会の山村の知恵を象徴する代表格ですよね。しかも二酸化炭素の排出を抑制する地球温暖化にも貢献できます。環境保全と防災を重視して、山村の価値にもこだわる…松浦さんらしいやり方です。」
 
松浦 「でも、すぐに直面したのは、個人の炭焼きだけでは里山の荒廃には立ち向かえないという現実です。」
 
藤田 「個人の活動では限界がありますよね。」
 
松浦 「そうなんです。さらには『昔と同じように、子どもたちが口に入れるものも安全に…』と願って始めたお茶とお米の無農薬・有機栽培も虫や病気に侵され生産量はわずか。『はたしてこの先何年かかるんだろう…』と頭をかかえました。」
 
藤田 「僕が初めて参加した活動は炭焼きだったんですが、森を守る活動というと、僕は最初木を植える様子を思い浮かべたんですよね。お恥ずかしい話、森林保全に対する知識がまだまだ足りませんでした。」
 
松浦 「最初は炭焼きと間伐がメインだったんです。本格的に植樹を始めたのは、毎日新聞社の植樹キャンペーンと連携した広葉樹の植樹からですね。多くの一般の方に参加していただきました。」
 
藤田 「それまでの活動を地道に発信し、少しでも多くの方に賛同していただこうと努力されたんですね。」
 
松浦 「はい。諦めずに自分たちの想いを発信していくことで、ひとり、またひとりと「静観者」から「仲間」になってくれたんです。嬉しかったなー。」

藤田 「本当ですね。結成当時のご苦労は、途中から加入した僕なんかじゃ計り知れません…。たくさんの方に支えられて今日があるんですね。」

松浦 「そうですね。休日ごとに『仲間』となったメンバーひとりひとりが、自分たちの技術、機材、そして体力を惜しみなく注いだ結果、少しずつではありますが昔の里山の風景が戻ってきました。」
 
藤田 「松浦さんの強い想いが中心になって、官民一体となることで、森林保全に繋がっているんですね。」
 
松浦 「はい。活動してゆく中で思ったことは、自然は厳しいし、人間が思うほど簡単なものではないということです。半端ではない自然の力を前に『自分達に出来ること』を模索していく中で、真っ先に取り組んだのが間伐でした。森林の役割は木材生産のためだけではありません。生態系や生命を守る大きな働きを持っているんです。」
 
藤田 「僕も間伐のお手伝いに参加しましたが、勾配の急な斜面での慣れない作業は神経も体力も使いました。」
 
松浦 「半世紀かけて荒廃した森林はそう簡単に再生しません。だから気長に楽しく活動するように心がけてきました。手間はかかりますが、それだけやりがいもあります。」
 
藤田 「作業を終えたときの達成感は、日常では味わえないものですよね。さらに山で食べるお弁当の美味しさはひとしおで、いつも大きなおにぎりを3つも持って行くんです。」
 
松浦 「山仕事の醍醐味でしょう?そういったことも含めて、多くの人に知ってもらいたいんです。」
 
藤田 「僕自身、森の魅力や間伐の大切さは松浦さんと出会ってから知りました。間伐や下草刈りなどの活動されている方のお話を世間一般の方にもっともっと知っていただきたいですね。」
 
松浦 「そうですね。僕たちの地道な活動に対して、自然はしっかりと応えてくれています。失われたものは時間をかけて戻していくことが出来るんですよ。」
 
藤田 「とても息の長い活動ですね。」
 
松浦 「確かに時間はかかります。でも50人、100人と賛同者が増え、会員は今年の12月(2017年)で200人になりました。これまで同様にコツコツやっていくことが大切ですね。その一方で、世の中に山の大切さを訴え、発信してゆくこともまた大事だと感じています。活動をテレビや新聞に取り上げて頂くことで、自分たちも励みになりましたし、関心を持って活動に参加してくれる人や、応援してくれる人も増えて活動の輪が広がっています。」
 
藤田 「『いのちの森を未来』を合言葉に、活動のモノサシを、『近者悦べば、遠者来る』として、『地域をより良くしていこう』と時間をかけ取り組んできたことが、カタチになってきているんですね。」
 
松浦 「うーん…少しずつ見えてきたのかな。近くにいる人が喜び、幸せであると、遠くの人もそれを聞いて集まってくる。そのようにするべきだし、その言葉を胸に抱き活動してきましたからね。」
 
No.2へつづく ▲ Interview No.2へ
 
 
 
 
 

No.2 森の資源×デザイン
 
松浦 「藤田さんにクラブの活動に参画してもらったのは、2014年の春からでしたね。」
 
藤田 「そうですね。4年前になります。」
 
松浦 「そのころ、源流部の廃村跡からスタートした『いのちの森を守る森づくり』は、流域を巻き込んだ活動が徐々に発展してきていました。だからより一層、多面的な機能を発揮する森林再生と維持活動のために、『森の集会所(※1)』の落成を新たな出発点として、時ノ寿の森の大事な財産を守り、次の世代に引き継いでいきたいと考えていたんですよ。」
 
藤田 「新たな決意を抱いていたんですね。それだからか、松浦さんと初めてお会いしたときにもの凄い情熱を感じたんですよ。失礼ながらあまりの熱意に『年上には思えないな〜』なんて思いました。僕もつられてアドレナリンが大放出でしたね(笑)。」
 
松浦 「すごいテンポで会話が弾みましたよね(笑)。とても楽しい時間でした。お話していて、なんだか通じるものを感じたからかな?この先、時ノ寿の森の資源の価値を広めていける人に出会った!なんて勝手な妄想をしていました。」
 
藤田 「そうだったんですか。僕は、NPOの活動は初めてなので、単純に『面白そうだな』という気持ちで協力させていただいたんです。当時は山を取り巻く問題についても深く理解していませんでした。」
 
松浦 「それで良かったんですよ。NPOの存在意義は、国や自治体ができない社会的課題を市民の力で解決してゆくことですが、その活動の多くが一般的に知られていません。そこで、活動する人が『楽しみながら社会に良い活動をしている』ということをもっと多くの人に発信していくために藤田さんに参画をお願いしました。NPOの内側からではなく、外側からの視点が必要だったんです。」
 
藤田 「なるほど。NPOの活動も企業活動も課題解決という根っこは同じ。森が持つあらゆる資源にデザインの思考を取り入れて『共感』を伝播していく。これもひとつの課題解決になるのかな…と。それなら僕もデザイナーとしてお役に立てるんじゃないかと思いました。」
 
松浦 「『森の資源×デザイン』ですね。我々にはそういう発想も視点もありませんでした。」
 
藤田 「僕はまず、時ノ寿の森クラブの本質的な価値を仕組みによって、カタチにして伝えていこうと考えたんです。」
 
松浦 「なるほど、『山からまちへの木使いプロジェクト』というネーミングも藤田さんの提案でしたね。」
 
藤田 「はい。参画してすぐのころです。『高齢者を暖かくもてなすCO2固定ベンチ設置事業(※2)』が掛川市の街づくり協働推進事業として採択されました。そのプロジェクトのネーミングです。」
 
松浦 「プロジェクトではその年に、時ノ寿の森クラブでベンチを20基制作し、保健、医療、福祉の中核施設の『希望の丘』に配置しましたね。」
 
藤田 「副理事長の清水さんと、時ノ寿らしい木使いのベンチとは何かを検討し、地域の知識、関係、信頼、文化という見えない資本を集結させる仕組みづくりを『ベンチ』というカタチにして経済を循環させ、地域の課題解決に導くプロジェクトにしたいと考えました。」
 
松浦 「藤田さんが参画したことで、制作形態も新しくてユニークなものが生まれました。高齢の方や障がい者の方が座りやすいベンチにデザインし、誰でも簡単に組み立てられるように大工・建具の職人がキットに加工したんですよね。」
 
藤田 「はい。組み立て作業にはクラブのメンバーはもちろん、障がい者施設の皆さんにも協力してもらったので、障がい者の方が組み立てやすいよう、設計段階から工夫を凝らし、釘を一切使わない方法にしました。」
 
松浦 「僕は、このプロジェクトを社会実験と位置づけたいと思いました。企業など民間資金を活用した行政の協働事業であるけれど、人間であれば働き盛りの樹齢40から50年のスギ材を活用し、多くの人の手を経て完成させる。クラブの様々な職種のメンバーや障がい者の方達が協力し、知恵をしぼり、技を発揮して成果品を創りだす。これはまさに地域の中の個々の技能や力量の結晶なんですよ。循環するシステムによって、やり甲斐が生まれ、アイデアや工夫につながったのではないでしょうか。」
 
藤田 「僕としても、このプロジェクトは協働作業でベンチをつくって終わりにするのではなく、関わる全員が有形無形の利益を受ける循環システムを目指したらどうかと考えていました。今後も時ノ寿の活動の中にシステムとして位置づけて、継続できたらと…。」
 
松浦 「このとき新たな視点が時ノ寿に加わったことを実感しましたね。この循環こそが、共生、共感、協働を生み出し、持続可能の秘訣になると考えています。」
 
藤田 「このシステムを時ノ寿ブランドとして、他の地域にも広げてゆきたいですね。」
 
松浦 「確かにそうしたいですね。自然の恵みやさまざまな人の支え、関わりがあって人は生きられる。そこを謙虚に受け止めて感謝し、自分の役割を果たして行かねばなりません。その感謝の心や共感がなければ、協働はきれいごとでしかありませんからね。」
 
No.3へつづく  ▲ Interview No.3へ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

No.3 森のいのちをつなげる石けん
 
藤田 「最近の大きなプロジェクトとしては『森の石けん』がありましたね。」
 
松浦 「環境改善素材の開発・販売を事業にしている会員からの相談が始まりでした。捨ててしまうヒノキの根の部分からオイルを抽出する技術があるので、これを何とか時ノ寿ブランドとして商品化できないかと言われたんです。」
 
藤田 「商品化のために、岐阜の工作メーカーに精油の抽出機の製造の相談に行ったり、化粧品製造会社に話を聞きにいったり…。何を、どういう方法でつくれば、時ノ寿らしい価値をカタチにできるのか?最初はまったくの手探り状態でしたね。」
 
松浦 「はい。そこから長い長い試作の日々が始まりました。そして化粧品製造会社の協力を得て、時ノ寿の森のヒノキの葉と葛の葉で『化粧用石けん』を作ることになりました。最初から原料を集めることは可能でしたから、製造方法を教えてもらってテストを繰り返し、試作品の完成までこぎつけたわけですよね。」
 
藤田 「まとめてしまうと何とも簡単ですが(笑)大変でしたよね。試作品が出来上がったタイミングで、商品のブランド化を通してNPO時ノ寿の森クラブ自体のブランド化も図っていきたいと松浦さんがおっしゃって…。」
 
松浦 「商品のブランディングにとどまらず、時ノ寿の森のブランドを一緒に考えようと、藤田さんと検討を重ねましたよね。」
 
藤田 「ブランディングには、そのブランド独自のストーリーが必要です。時ノ寿ならではの新しい意味や価値をつくり出し、地域社会に広めていきたいという想いから、ネーミングは『Grace of Forest 森の恵み石けん』としました。」
 
松浦 「この石けんは、本来であれば捨ててしまう森のいのちを使用した、一切の香料、着色料、合成界面活性剤無添加の、森にも人にもやさしい化粧石けんです。売り上げの一部はNPO法人時ノ寿の森クラブの森林保全活動費に還元されるので、いのちの森を次世代につなげる活動の一助にもなるというわけです。」
 
藤田 「はい。商品のコンセプトは、森林保全活動を続けてきたNPO法人が、捨てられるはずの森のいのちを使って、手づくりで自然熟成させた、『人につながる森のいのちの石けん』です。しかし、商品をアピールする方法が限られていて、パッケージだけでどうすれば『欲しい』と思ってもらって『買ってもらえる』のかを検討するのにとても時間がかかりました。」
 
松浦 「『どんなメッセージを発信するか』『どんなイメージを受け手に抱いてもらうか』という点にしっかりと時間をかけていただきました。それを踏まえて提案されたパッケージは、真っ黒な箱に有機的なシルバーのロゴが配置された上品で洗練されたデザインでしたが、僕は不思議と腑に落ちたんです。」
 
藤田 「それは嬉しいです。グレイスには、姿、態度の品のよさ、しとやかさ、美しさ、洗練の意味があります。人にも環境にも優しい石けんの特徴から、ロゴマークは、スクリプト書体をベースに背景に曲線を使い、里山にある豊かな生態系と人の有機的な関係を緩やかな曲線で結び、一番伝えたかった『必然性のある偶然』を表現しました。」
 
松浦 「本質的価値を引き出して、それを伝えるための型というのか…、仕組みがあって、カタチができている。そしてそれが発信力にもなる。このとき、『なるほど藤田さんが言うデザインというのはこういうことか』とはっきり気づきました。」
 
藤田 「人や社会や商品がどうあるべきかを思い描いて、それを実現するのがデザインだと思います。だから社会に必要なんじゃないでしょうか?」
 
松浦 「頼もしいですね。藤田さん、デザインの思考を利用してもっと多くの人に『共感』を伝え、地域の活性化にご協力をお願いします。山の再生に終わりはありません、自立と持続化には賛同者が必要です。人の心を動かすのがデザインの考え方、役割だとも僕は思います。」
 
藤田 「『地域のために良いこと』を真ん中にして知恵を出す人がいて、ボランティアで時間を提供する人がいて、サービスやモノを提供する企業がある。目に見えるもの、目に見えないもの、いろんな人がいろんなカタチの資本を出し合ってプロジェクトが実現しているんですね。僕は森にデザインをかけ合せて、共感成型の経済実現のお手伝いを続けて行きます。」
 
松浦 「『森のようちえん(※3)』も始まって、大変好評をいただいています。里山の中で生きる術を学ぶ『時ノ寿学校(※4)』も開校しました。他にもたくさんのプロジェクトが進行しています。」
 
藤田 「2019年には森林と市民を結ぶ全国の集いが掛川市倉真で開催されますし…また、あの熱意溢れる松浦さんを見ることができそうですね。」
 
松浦 「まだまだ僕も若いからね(笑)。4年前みたいに、熱く語り合いますか?」
 
藤田 「お手柔らかにお願いします(笑)。」
 
2017年12月21日 NPO時ノ寿の森クラブ「森の集会所」にて
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ブルックスタジオ制作実例
>時ノ寿の森クラブ
>Grace of Forestパッケージ
 

NPO法人 時ノ寿の森クラブ
 
静岡県掛川市倉真字時ノ寿地内の森林の持つ豊かな多様性と多面的な機能の大切さを訴求するとともに、その保全に必要な事業を行い、未来の子どもたちにふるさとの森を本来の姿で引き継ぐことを目的として環境共生型森林保全活動を続ける。
 
▶︎時ノ寿の森クラブホームページ


※1)森の集会所
木造伝統工法で建ててられた、約84平方メートル平屋建て。子供や大人、都会や山村の人たち、さまざまな人たちの知識や技術が交流する拠点
※2)高齢者を暖かくもてなすCO2固定ベンチ設置事業
平成27年4月に開業する希望の丘各施設利用者の利便向上施策として、時ノ寿の森の間伐材を社会に活用する山、町、人の資源循環活用システム。市民活動日本一を目指す掛川市市民活動推進モデル事業
※3)森のようちえん
時ノ寿の森の自然環境を利用した幼児教育や子育て支援活動。自然の中で仲間と遊び、心と体のバランスの取れた発達と発育を目指します。
※4)時ノ寿学校
里地里山の環境資源を活用し、さまざまな活動を通して、子供から大人までが自然とともに生きるための「心」と「体」生きる術を身につける私塾です。